22歳の老後
何かの話で、もう自分は死ぬ事しか残っていないという意味で「もう自分は老後だから」と言った。
後で思い出して考えてみると、この歳で老後だと考えるのもいいかもしれないと気付いた。
自分が若いと思うとそのあまり、やらねばならないことを一杯思いつき、ともすればその義務感に押しつぶされそうになることが多い。しかし今この瞬間から老後を生きると思うと義務感は消え、のんびりゆっくりやっていけそうな気がしてくる。普通老後と言えば悠悠自適、いろいろな事にチャレンジしたり、のんびり過ごしたりと一切の枷もなく自由に生きていける。その考えを自分にも取り入れられるかもしれない。
老後にはいった人間に共通する唯一の義務と言うか、運命は「死」だけだ。この点で老後はいつでも死を間近に見ながらの生活になる。ゆったりとした必死さがそこにはある。表面上は決して焦って見せたりはしないけれども、死との戦いがある。
死という人生最大のイベントに比べれば生きているうちの諸々なんてささいなものだ。そう考えれば自分に何でもできそうな気がしてくる。人生を大きく横断する視点を持つことで、今現在の自分の考えをリセットできる。
とまあえらそうなことを書いてみるわけだが。
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