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糸井重里について

嫌いな人もいっぱいいると思います。まあ、そうだろうな、と思います。自分は、どちらかというと、好きです。

なにが好きか、っていうと、胡散臭さが好きです。

人間の世界は言葉でできています。言葉そのものを商売にする職業は、小説家であったり、記者であったり様々にあります。言葉は根幹だから、より、人間の根幹の精神や気持ちにダイレクトに作用します。

コピーライターも言葉で稼ぐ職業ですが、ひときわ異彩なのは、言葉の職の中でももっとも神秘的なところじゃないでしょうか。

コピーライターは、そのままとらえればコピーを書く人ですから、作り出す言葉は短いものが多いです。短い言葉にはたくさんの意味を込めたり、感情を惹起する、想像力をかき立てるものが多い。

というか、むしろそうでなければ売れるコピーにならない、そういう面があると思います。

そういう神秘的な言葉は、私は、一種の呪文みたいなものじゃないだろうか、と思うんです。お話やゲームにでてくる呪文って、短いけど想像力をかき立てるものが多いですよね。

つまり極論すれば、コピーライターは呪文を新しく作り出す魔術師じゃないかなと思うです。そうして考えてみると、糸井重里の胡散臭さは魔術師の持つ胡散臭さであって、ああなるほど、と納得できてしまいます。

むしろ胡散臭さ、よく言えば神秘性みたいのがないとコピーライターとしてはやっていけないのではないか、とさえ思ってしまいます。

だから、糸井重里の胡散臭さは、半分いぶかしがりながらも、好きになってあげてもよいもんじゃないでしょうか。

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